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第53回SCCJセミナー生活者に愛される「心地よさ」をデザインする ~処方化技術、感性工学、心理学からのアプローチ~

SCCJセミナーレポート
第53回SCCJセミナー テーマ:生活者に愛される「心地よさ」をデザインする
~処方化技術、感性工学、心理学からのアプローチ~
2019年 2月21日(木)(於:きゅりあん 講演数:7題 参加者181名)
講演①「化粧品触感のダイナミクス」-指・製剤・肌の相互作用に着目して-
花王(株)
小島 晴予 氏
化粧品の価値は、その機能や効能だけでなく、触覚、視覚、嗅覚といった五感情報から構成される総合的な感性価値も重要な要素である。中でも剤の触感は、 スキンケアを行う女性の感情変化に関連する感覚として最も重要で、製品の購入や嗜好にも影響を与える重要な感性価値である。よって、肌や指先の触覚を通じて感じられる触感が、人の嗜好や感情に及ぼす影響や、そのメカニズムを理解することが重要と考えられる。
本講演では、製剤を塗布する際の指の詳細な動きが計測可能な「3次元慣性センサ」を用い、指-製剤-肌の間で生ずる動的挙動(ダイナミクス)を解析し、計測データと化粧品触感との関連性について説明して頂いた。使用感の異なる2つの美容液について、塗り始めから肌になじむまでのデータを比較した結果、塗り込む際のツルツルした感覚や、肌へのなじみやすさの指標となるデータに差が見られ、平均値に差がないデータも、時系列での周波数解析により、触感の違いを検出できる可能が示唆されていた。
認識機構が未だ充分解明されていない「触覚」と、心的イメージである「触感」を繋ぐ有効な手段と考えられ,今後の研究開発が期待される。
(㈱マンダム 志水弘典)

講演② 特徴的な感触をもつ乳化製剤―固体粒子を利用した乳化技術
(株)資生堂
関根 知子 氏
本講演では、粉末乳化(ピッカリングエマルション)技術を中心に、誰が使っても違いが分かる、特徴的な感触が得られる乳化製剤に関してご講演頂いた。ピッカリングエマルションは、金属酸化物、粘度鉱物などの固体粒子を油水などの液-液界面や、気-液界面に吸着させてエマルションを安定させる技術で、界面活性剤を使用することなく乳化が可能であることから、界面活性剤に特有のベタつきを抑制することができ、今までに無い使用感を実現できる乳化技術である。 
この技術の核となるエマルションの安定化機構に関する基礎的な考え方と、通常の界面活性剤を用いて得られる乳化物との特性の違いを説明頂いた後、この技術を用いた、新規性が高く、特徴的な感触が得られる製剤についてご説明頂いた。W/O/W型マルチプルエマルションに応用した例では、シェアにより合一しやすい特性を利用し、最内油相バランスのコントロールにより、塗り始めから肌になじむまでのダイナミックな使用感変化を実現できる事をご説明頂いた。その他、気泡を安定に含有するクリームや、ドライオイル製剤など、既存の概念に捉われない製剤技術により、特徴的な感触が実現できており、非常に興味深いご講演であった。
(㈱マンダム 志水弘典)
演題③ ワックスオイルゲルに着目した好感触口紅の開発
(株)コーセー
宇田川 史仁 氏
「発色」や「ツヤ」、「使用感」は口紅の基本品質であり、バリエーションに富んだ品質が求められている。特に近年では“落ちない”や“うるおう”などの機能が求められることが多いが、その基本品質である滑らかな使用感は欠かせないものとなっている。その滑らかな使用感を実現するためには、口紅の基本骨格となるワックスオイルゲルの制御技術が不可欠となっていることから、ワックスオイルゲルの特性の解説、微細なワックス結晶構造を制御し好感触を実現したナノ構造制御技術についてご講演いただいた。
従来の観察されているワックスオイルゲル構造は、カードハウス構造を形成するワックス結晶が板状結晶であるところまでは解析されているが、微細ゲル構造の形成メカニズムは明確にされていなかったため、その点を明らかにし、好感触口紅の具現化が期待される微細で均一な構造制御技術の構築を行った非常に興味深い講演であった。
(㈱ナリス化粧品 寺内友広)

演題④ 保湿性と触感に優れたスキンケア洗浄剤の開発
ライオン(株)
鈴木 孝直 氏
ボディソープは、良好な泡立ちのためアニオン性界面活性剤が使用されるが、肌の乾燥を引き起こし皮膚刺激につながるという問題があった。以前よりボディソープにおける乾燥低減技術として、低刺激性の界面活性剤の活用や、アニオン活性剤浸透抑制、保湿成分の配合が研究されてきた。特に、保湿成分の配合は、油系保湿剤は高配合が困難であり、水系保湿剤は洗い流されてしまうという問題があった。そこで、水に流されやすい成分を「残す」技術として、『希釈時に複合体を形成する』性質を応用したボディソープを開発し、更に、複合体とともに油性成分として酢酸トコフェロールを、サラサラ成分としてジメチコンをいずれも肌上に滞留させることができ、保湿とサラサラ感を向上させることができるという事例について生活者の評価、技術の応用展開可能性を交えた非常に有用な講演であった。
(㈱ナリス化粧品 寺内友広)

演題⑤ 皮膚感覚の分子メカニズムとその応用
(株)マンダム
藤田 郁尚 氏
ヒトが持つ 9 つの TRP チャネルのうち、TRPA1 はワサビの主成分であるアリルイソチオシアネートに反応することが知られており、化粧品成分のパラベンや多価アルコールでも TRPA1 が活性化され、その強さはアルキル鎖長依存的である。演者らは、この TRPA1 の活性の強さと感覚刺激の強さには正の相関があり、感覚刺激の増加や浸透圧差によって生じる痛みも TRPA1 が関与していることを明らかにし、TRPA1 を抑制することで感覚刺激を抑えることができ、TRPA1 のアンタゴニストをスクリーニングしたところ、ユーカリオイルの主成分であるユーカリプトール(臭気強い)を見出し、さらにその 10 倍の効果を有するアルバノール(臭気弱い)を見出した。その他、講演ではメントールとアルバノールの併用による感覚刺激を抑制し冷感を持続することやメントールの鎮痛メカニズム、さらには化粧品への応用例についても紹介された多岐にわたる発表でTRP チャネルをコントロールすることで、心地よい化粧品を作ることができる可能性が見出せた非常に興味深い講演であった。
(㈱ナリス化粧品 寺内友広)
演題⑥ 「走る歓び」の追及でお客様に「人生の輝き」を 
マツダ(株) 特別顧問
素利 孝久 氏
マツダ(株)は、「Zoom-Zoom 走る歓び」をブランドメッセージとして、人々の心をワクワクさせ、心も体も活性化させる自動車の開発を行っている。
本講演では、走る歓びを具現化するために人間工学/感性工学を活用した研究事例を説明していただいた。車を見て、車に触れ、運転を終える度に、また乗りたくなるような好循環を生み出すために、感性工学の適用事例は、際立つデザイン・カラー、内装の質感、走る歓びを感じる人馬一体感、ステアリングの触感、室内の静粛性、鼓動感を得られるエンジンサウンドなど多岐にわたる。
塗装サンプルの主観評価と関係する光反射特性の指標化や、視線計測による目立つ部位や惹かれる部位の特定と度合いの定量化(リアルタイムサリエンシー・マップ)の活用、運転時の快適な感覚と直線的関係にある物理特性の解明など、人間を中心に考えた研究と技術開発は化粧品の研究開発においても役立つ興味深い内容であった。
(㈱ノエビア 新垣健太)
演題⑦ プロダクトデザインにおける感性価値のメトリック 
関西学院大学理工学部 教授
長田 典子 先生
感性のメトリック(ものさし)を作ることで、新たな感性価値を創出し、生活を豊かに楽しくするプロダクトデザインが可能になる。本講演では、様々な感性のメトリックを作り商品開発へ応用された例や、AIによる感性メトリックを利用した画像の自動生成の例、感性メトリックの個人化や自動構築について説明していただいた。
 「透明感」や「高級感」といった感性のメトリックは、イメージされるワードから関連性の高い構成要素を抽出して作成される。これらのメトリックを利用することで、透明感の高いファンデーションや高級感のあるファンデーションケースが開発された。さらに、感性メトリックとAIを組み合わせることにより、希望する印象にあった衣服の柄を自動生成するシステムを構築し、衣服を自分でデザインできるアプリケーションへ応用された。生活の質を高める製品が求められる中で、人間の多様な感性の理解とメトリックを活用した研究開発の重要性を感じる内容であった。
(㈱ノエビア 新垣健太)